古都華とR-1

こんな睦月は初めてだ。雪も降らないし、外来患者数も極端に少ない。例年なら最も忙しい季節なのに。応急診療所の受診者も少なく、当院だけではないようだ。インフルエンザもだらだらと続いているが、大きな流行にはなっていない。

そんなことで、午後7時には夕食をとっている。働き方改革からすれば、望ましい姿ですが、なにかしら落ち着かない。テレビでは南極の気温が18.3度という異常気象を報じていた。それはただ事では無く、いかなる事象の前触れかと不安にもなる。

今日の夕食には、大粒のイチゴが3個、小皿に添えられていた。何気なく口に入れたのだが、果肉がしっかりしていて、甘い。これまでにない最高のイチゴだ。問えば、今評判の「古都華」という品種で、ずっと前に申し込んでいた泉佐野市のふるさと納税返礼品であると言う。

古都華は、大粒イチゴの「紅ほっぺ」を親に持つ2011年に品種登録された奈良県生まれのブランドイチゴ。糖度と酸味のバランスが良いためおいしく香りも豊かで、ツヤのある実は深い赤色で、まるでルビーのような美しさと紹介されていた。

こんな貴重な返礼品を頂いて、言いにくいが、私は泉佐野市のふるさと納税の態度には、批判的です。

ふるさと納税制度は、2008年4月より始まり、返礼品競争の様相を呈してきたため、2017年4月、総務省は返礼品を寄付額の3割以下にするよう要請した。しかし、泉佐野市は、法的拘束力のない助言に過ぎないとして従わず、牛肉やブランド米など1千種以上に充実させ、さらに、返礼品にアマゾンギフト券を付け、返礼率は7割にもなった。結果、泉佐野市の2018年度のふるさと納税額は497億円で、全国の約1割に当たる高額なものとなった。それは趣旨を逸脱した極端な集め方であり、改めない状況に対し、国は地方税制法を改正し、2019年6月からのふるさと納税新制度において、泉佐野市など4自治体を除外した。

泉佐野市は、総務省の通知は法的拘束力のない「技術的助言」に過ぎず、従わなかったとして総務省が不利益な対応を取ったのは地方自治法に反すると主張し、また返礼品の法規制が始まる前の実態を、除外の判断材料としたのも裁量権の逸脱乱用だとして、提訴した。大阪高裁の判決では、市の返礼品は突出して極端で自治体として是正すべきであったと指摘。是正がなかったことを理由に新制度の対象から外すことも許容されており、総務省の裁量の逸脱はなかったと結論づけた。

極めて真っ当な大阪高裁の判断だと思う。むしろ、地方自治法に反すると提訴した泉佐野市を特異に思えた。
しかし、この一連の騒動を伝える各新聞記事を見ていると、泉佐野市の主張に理解を示す論調もあるから驚きだ。東京大学の金井利行教授の話として「法的義務のない通知に従わなかった『過去の所業』を理由に、総務省が泉佐野市をふるさと納税制度から除外したことを裁判所が追認したのは、地方分権に反している。」と朝日新聞に載っていた。
当たり前、当然と思える経緯や結果においても、正反対の立場や評価があるのもだと改めて思った。

さて、中国湖北省武漢市を「震源地」とした新型コロナウイルス感染であるが、国内初の渡航歴のない死亡例、市中感染と思われる和歌山県の外科医の感染報道など、大変なことになってきた。2月14日時点で、中国の死者1380人、感染者6万3851人と報道されている。

それにしても、残念に思うのは、2002年11月に中国広東省から拡大したSARSの教訓が生かされていないことです。SARSでは、ハクビシンが感染源とされたが、今回も、武漢海鮮市場では、タケネズミ、アナグマ、ハクビシン、ヘビ、クジャクなど多くの野生動物が違法に販売されており、このようなところの野生動物から感染したのではと言われている。SARSを経験したのだから、この違法販売を厳しく取り締まっていればと悔やまれる。

次に、自由な言論があればこれほどまでの感染拡大はなかったであろうに。李医師は、中国が新型肺炎を公表する前から重症感染の危険性を訴えていたのに、「デマ」として公安当局に処分され、1月末までに「デマを流布した」として325人の医師や看護師が処分された。ネットの批判投稿もすぐさま削除されるようです。

同じ新聞紙面横に、「中国、感染経路割り出しにAI活用」との記事。中国では、町中に設置された監視カメラと顔認証情報に加え,各種サービス利用記録といったビッグデータを企業からも収集し、個人の詳細な行動履歴の把握が可能だという。感染者の行動記録を追跡して、濃厚接触者を特定し、実際に活用されている。感染症対策には極めて有用であるが、恐ろしいほどの個人情報丸裸である。

今回の新型コロナウイルス禍において、中国当局の言論統制が感染拡大を招いたとして、有識者の公開書簡の公表など、言論の自由を求める世論の高まりを見せている。今度こそ、中国国民の言論の自由獲得の契機、転換点となる気もしますが、果たして、どうなることか。

私は、国民所得が上がり、中産階級層が増えれば、中国も言論の自由も勝ち取るのではないかと予測していたが、予測は外れ、それは起こらなかった。多数となった高所得層ですが、言論統制があっても、現体制が今の高所得環境を維持してくれていて、しいて変える必要がないという状況になっているのかもしれません。

さて、わが国では、言論の自由が保障され、プライバシー保護も一定の水準でなされています。1月30日、三重県で初となる、武漢市に滞在歴のある方の新型コロナウイルス感染発症の発表がありました。しかし、居住地すら伏せられた情報開示で、「こんなの意味ないじゃん」と若いスタッフの言葉もありました。

感染症法には、「個人情報の保護に留意しなければならない」とありますが、居住地公表は、禁止されているわけではなく、感染症法16条には、国と都道府県に対して「発生状況や予防に必要な情報を積極的に公表しなければならない」とあるのですから、住居地域くらいは公表していただきたいものです。

気の毒で、やるせない気分となったのが、武漢からの帰国者受け入れに当たっていた内閣官房職員(37歳)の自殺ニュースです。帰国者の精神状態も限界で、怒号が飛び交う混乱の現場であったと思われます。NEWSポストセブンには、関係者の話として、「真面目な彼は帰国者の怒りのハケ口となり、サンドバッグ状態。2日間、寝ずに相当なプレッシャーを受け続けた。」と書かれてありました。

日頃、豪華客船クルーズの新聞広告もよく見ているし、実際、旅先で停泊する大型クルーズ客船を目にすることもありました。まるごとホテルの様な巨大さと優雅さ。いつかは、一度は、ゆっくりと、こんな船旅をしてみたいものだと憧れていました。

連日、ダイヤモンド・プリンセス号での感染拡大が報じられていますが、考えてみれば、クルーズ客船は、感染症に対しては、悪条件のかたまりと言えます。乗客、乗務員合わせて3700人が居る閉鎖空間に、濃厚接触しまくりの状態で、何日間も留め置かれれば、未感染者も感染発病してしまう。

外国籍の船であり、乗客2,666人のうち、1,385人は他国籍の方であることからも、制約が多く実際、無理であったかもしれないが、武漢からの航空機帰還者の様に、全員下船させ、分散して収容し、観察ができておればと悔やまれます。ここで思うのが、勝浦のホテル三日月が、武漢からの帰国者第一陣191人をよく受け入れてくれたという事です。経緯はわかりませんが、感謝しかありません。

医師の感染発病もあり、心配になりますが、発病していない方も多く居るわけで、個体の免疫・抵抗力が、何よりも大切。
季節外れの穏やかな朝、いつものR-1ヨーグルトと、古都華いちごを食べ終えて、診療前の新聞を読んでいる。感染者数がまた増えた。

 

三重医報 2020年4月号 掲載