言語生活2019 :=アスリートの言葉=

私は、熱中するスポーツも特になく、新聞スポーツ欄もパスすることがほとんどですが、トップアスリートの言葉がストンと突然入り込んでくることがあります。その道を極めた人ゆえの、本質的な意味が潜んでいるようで、その後もずっと意識のどこかに居続けます。

プロゴルファーの石川遼選手が発した「ゾーンに入る」、女子テニスの大坂なおみ選手が述べた「インナーピース」、イチロー選手に関連した「エリア55」などです。

 

もう10年も前のこととなりますが、2009年5月2日の中日クラウンズ最終日。首位と6打差の18位タイからスタートした石川寮選手は、12バーディーノーボギーの「58」という世界最小ストロークを更新して、驚異の逆転優勝を成し遂げました。

そのインタビューで、「ゾーンに入る状態をあまり知っている人はいないと思うけど、バーディーを獲っていく度に落ち着いていきました」「夢の中でプレーしているような18ホールでした。」と話していたのです。この時の「ゾーンに入る」という言葉、初めて聞くもので、とても印象深く響きました。

「ゾーンに入る」とは、周りの雑音も聞こえなくなり、高度に集中した精神状態でありながら、緊迫感や緊張感を意外なほど感じなくなる状態であるという。そして、普段ではありえないほどに頭が冴えわたり、非常に高いパーフォーマンス、神がかり的なプレーが出来てしまう。おそらく、セロトニンやドーパミンといった種々の神経伝達物質が最適度に分泌されていると思われます。

ゾーンという特別な精神状態、この状態では、普段以上の能力が発揮できるとのことですが、私は未だ経験したことはないし、今後もないだろうけれど、一度でよいから体験してみたいものです。

 

大坂なおみ選手は、2019年1月26日の全豪オープン女子決勝でペトラ・クビトバ選手をフルセットで下し初優勝。翌日のワイドショウでもこの快挙に盛り上がっていたのですが、そこでの「インナーピース」との言葉に私は箸を止めたのでした。大坂なおみ選手の言う、「インナーピース」。私にはなじみのない、普段使わない言葉ですが、臨床心理学の分野では一般的な用語なのか、それとも大坂選手特有のものなのだろうか、とにかく気になりました。

確かにパーフォーマンスと感情は大きく関係しているし、良い成果を得るには感情をコントロールする必要があります。大坂選手は、「プレイ中にインナーピースに達すると何も気にならなくなり、心が揺れ動かずに、集中できるようになり、いつも通りの、あるいはそれ以上のパーフォーマンスを発揮できる」と言っています。

「インナーピースとは、心の平穏ということであり、心に生じる嵐を抑えて、小波すら立たない状態であって、迷いや不安がなく本来の実力が発揮できる最高の心理状態を示す言葉である、」との記載を見つけ、スナップショットで記録しました。

インナーピースは、外来診療においても必要だと感じています。多様な患者さん家族との外来対応で、私には年に一、二度、それなりの理由があるのですが、感情が高まり、幾分取り乱す事があります。若い頃よりは少なくなりましたが、それでも、後味悪く、尾を引き、落ち込むこととなります。インナーピースの状態での対応ならば、平穏な診療として過ぎていくのではなかろうか。不穏な兆候を察知したなら、素早くインナーピースとひとり発して、自分を落ち着かせ、回避できるか試してみようと思う。

 

米大リーグ、マリナーズのイチロー選手は、2019年3月21日、引退を表明しました。日米通算4367安打を放ち、数々の金字塔を打ち立てて、そして、「後悔などあろうはずがありません」との言葉を残しての引退であり、見事としか言いようがありません。

イチロー選手の報道で、気になった言葉がありました。「エリア51」です。なんだそれは、と理解できませんでした。背番号51だから、イチロー選手の守備範囲を意味するのかと単純に予想しましたが、正確に知りたくて調べてみました。

まず、「Area51」があり、「Area51」とは、アメリカネバダ州南部にあるグレーム・レイク空軍基地の管理区域名です。アメリカ政府はそれを公表していなくて、厳重に警備された立ち入り禁止区域となっています。機密性の高いステルス機や核兵器の試験、訓練を行っているらしいのですが、宇宙人がいるのではという噂も絶えない、謎深き場所だと言われています。

背番号51のイチロー選手の隙のない鉄壁の守備を厳重な警備で知られるアメリカ空軍基地「Area 51」になぞらえ、さらには、三塁打確定の深いヒットでもなぜか三塁でアウトになることなど、超絶守備を不思議な現象に見立て、イチロー選手の守備範囲を「エリア51」と呼ぶようになったという事です。なんとうまく表現したものだと感心しました。空軍基地のArea 51を知らないためにピンとこなかった訳です。

また、イチロー選手の目の覚めるような返球捕殺は、「レーザービーム」と呼ばれて、代名詞ともなっていますが、まさにぴったりの表現であります。これは、メジャーデビューした2001年4月11日のアスレチックス戦で見せた補殺を、アナウンサーのリック・リズ氏が、「レーザービーム!!」と実況したのが始まりであるとされています。

日本のプロ野球ではどうでしょうか。牛若丸や大魔神、そしてゴジラと称された選手はいましたが、このように感心した表現やネーミングは今もって思い浮かんで来ません。

イチロー選手の言葉には、独特の言い回しがあり、それぞれに深い意味が込められていると思えるものが多い。

 

「汚いグラブでプレイしていたら、その練習は記憶には残りません。手入れをしたグラブで練習をしたことは、体に必ず残ります。記憶が体に残ってゆきます。」

「合理的に考えすぎてムダの生じないような進み方をしようとすると、結局近づくことすらできない。当然、深みも出ない」

 

イチロー選手の言葉について、私は、未だまとめ切れないでいます。