姓の変わった子どもたち

受け付けから次の患者さんのカルテが回ってくる。その氏名欄、新しい姓に書き変えられている。近頃よくあることで、わが国でも離婚の増加が報道されるが、まさにその通り。新たな名字で呼べば、「ハイ」と診察室へ入ってくるが、目が合い語りかけてくるものがある。無言で応答しそれには触れず、いつものように「今曰はどうしました」と診察を始める。主治医の私ですら、その姓、急にはなじめない。子供たち本人はどう受け止めているのか。その影響は年齢にも関係すると思われるが、実際のところは想像もつかない。親の離婚・再婚は、生活環境だけでなく、子供の人生観をも変えるかもしれない。

今も昔も、子供は家の事情や社会事変によりいろいろな境遇におかれる。運命と受け入れ、適応に努めざるを得ない。しかし、やはり耐えかねてさまざまな不調を訴える。

先日もよくおなかを痛がると、小学三年の女児が祖母に連れられ受診した。二歳のとき親が離婚し、母が家を出た。以後祖母が代わって育ててきた。昨年父が再婚し、新しい母と四歳の女児が家族に加わった。その後しばしば腹痛を訴え、母親のいないところでは以前のように表情よく元気であるという。祖母も環境が変わったからだと思うが、何かあればと連れてきた。祖母がこうして子供の訴えを聞き入れ、立場境遇をわかり対応してくれている限り、この子はこれからも大丈夫だと思う。

現在この地域ではまだ祖父母の協力が得やすく、離婚家庭であっても問題なく育っているケースが 多 い。しかし将来、 これらの協力も得にくくなれば、どうなるのかと心配である。

アメリカの有名なスポック博士の育児書には、高い離婚率を反映してか、親が離婚したときの子供への対応・注意事項が数ぺlジにわたり記述されている。わが国の松田道雄先生の育児百科にはその項目はないが、それを必要とする状況になりつつある。

ずっと以前に読んだ、鹿児島市立病院の武弘道先生の一文が忘れられない。アメリカ留学中に受け持った十二歳の白血病児が重体になったとき、別れた父と母は、それぞれ新しい妻と夫をつれ、合計四人で看病していた。四人が一緒いても別に気まずい様子もなく、みんな一生懸命看病していた。しかしその子供は憂うつな顔をして、もう看病もいらない、治療をしないでくれとさけんでいた」というものであった。兄弟や祖父母の看病ならまた患者の気持ちもちがったであろう。

過曰、福祉先進国オランダで、若者のホームレスが急増しているという衝撃的な記事を見た。その背景に親の離婚やギャンブル・アルコール中毒による家族崩壊と、一人世帯の増加があるという。家族形態は、核家族からさらに一人世帯へと進み、その分いかにももろい。二十年後、いや十年後かもしれないが、わが国の姿も暗示しているかと思えば気が重い。

イスラエルに有名なキブツという私有財産を否定し、共同生産の集団がある。これまで子供たちは同じ年代同士が集まって寝起きしていたが、最近の報道によると、親子同居が始まり、食事も家庭でとることが多くなったという。キブツにはずっと注目してきたが、この家族回帰ともいえる方向を知り、いくぶんほっとしている。